1.2 DCLの背景

DCLの開発グループは, 全て地球流体関係の研究者で構成されており, いわゆ る計算機の専門家は一人もいません. そのようなグループが自力でこのような ライブラリを構築してきた背景には次のような事情があります.

近年の計算機の発達により, 地球流体関係の研究は他の研究分野と同様に, 計 算機なしには研究ができないほど計算機に依存するようになってきました. 今 では, パソコン, ワークステーション等の個人レベルの計算機から, スーパー コンピュータまでいろいろなものがあり, 一人の人間が複数のコンピュータを 扱うことは当り前のことになってしまいました. しかし, それぞれの計算機に は計算機に依存したソフトウエアが用意されているのが一般的であり, 同じよ うな仕事をするのに計算機の数だけプログラムが必要になります. これらの コンピュータは能力の差こそあれ, 計算機であることに変わりはないわけです から, それぞれの計算機において解を求めたりグラフを描いたりすることが同 じようにできれば, 能率的に仕事ができると考えられます. そのためには, ど んな計算機でも共通に使える標準的なライブラリが必要です.

しかし, そのようなライブラリを誰が開発し維持していくのでしょうか. 近年, いわゆる情報科学の進歩が非常に急速で, 10-20年前とは状況が全く異なりま す. 現在の情報科学の最先端は, 人工知能やファジイ理論に代表されるように, これまで人間にしかできなかった複雑な事を機械にやらせる所に主な興味があ り, 単純な計算を延々と繰り返す数値計算やグラフィクスツールの開発などは, すでに研究対象としては時代遅れのものとなりつつあります. これらを専門と する情報科学者は少なくなる一方であり, 従って, 我々地球科学を専門とする 研究者が「ライブラリの整備などはその専門家に委せておけばよい」と言って おられた時代は終りを告げたのです. 我々自身が数値計算やグラフィクスの専 門家として自立していかなくてはならない時代になってしまったわけで, 実際 問題として, それぞれのノウハウを自らの手で蓄積していく以外に方法はない ように思われます.

さらに, 地球流体力学の本質に関わる重要な背景があります. それは, 計算 機に対する依存度が高くなってきた結果, 比較的理論的な仕事でさえ「他人が 得た結果」を検証することがほとんど不可能になりつつあるということです. これは「科学」としての地球流体力学の存在基盤そのものを危うくする由々し き事態です. 解析的な論文であれば, 論文に従って紙と鉛筆と忍耐力を頼り にその結果を確認することができますが,数値計算に関する論文では, 解析的 なものに比べて途中の情報が極端に少ないので, 論文だけの情報から追試を行 うことはほとんど不可能です. これを解決するためには, プログラムそのもの を公開して流通させる以外に方法はないと思われます. それには, まず, プロ グラムそのものを「計算機に対する命令」ではなく, 「計算過程を記述したド キュメント」として考えることが絶対に必要でしょう. さらに, この時「標準 言語」としてのライブラリがあれば, このドキュメントはより簡潔なものとな り, 可読性が向上するはずです. すなわち, 研究者仲間で同じ「標準言語」を 使うことで, プログラムそのものを情報伝達の手段として使うことが可能とな るわけです.

DCLは, このような背景を踏まえて, 地球流体関係の研究にたずさわる自分達 自身がその必要とする「どんな計算機」でも使える「標準言語」としてのライ ブラリを「我々の力」で構築したライブラリなのです. また, ライブラリに収 められているソフトウェアには, 全く自力で開発したもの以外に Free Ware (フリーソフトウェア, 無料ではあるが著作権は放棄しない, 本ライブラリもそう である) や PDS (Public Domain Softwares)から拝借してきたもの, あるいは, それに手を加えたものが存在しています. これは, すでに存在している質の高 いソフトウェアを積極的に研究者仲間に広めて「標準言語」化しようとするも のです. このことにより, 世間に流通しているソフトウェアとなるべく相性の 良い状態を保ち, 我々が作る種々のプログラムの「標準」度を高め, より広い コミュニティの研究者仲間に受け入れられるようにしていこうと思います.